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『あいたま』の魅力とは? その3

 2007-12-07
 これで最終回です。一気にアップ。

○悩みを乗り越えて

 アイドルとはいえ人の子。悩みも当然あるだろう。
 個人的には、樹里が自信を失って悩んでいる連作(2巻)が、
とても印象に残っている。
 以下、しばらくあらすじとなるがご容赦を。

 ある時、樹里は芸能界を引退しようかとつぶやく。
 あいは、その発言にショックを受けながらも、その発言を受け入れようとする。
 だがその発言の真意が、仕事内容が、樹里がライバル視している雪乃との
コラボレーションCMだからと知るや、あいは考えを翻す。 

樹里は、あいから「芸能人じゃない樹里ちゃんに魅力は…
全く無い!!!」と言われて激しい衝撃を受け、絶交宣言までする。
 それというのも自分の唯一の存在価値は、あいをはじめ多くの人を
魅了する「天使の微笑み」しかないから、と思っているからだ。

 怒った樹里は、あい達が見つけ出してくれるものと期待しながら
姿を隠すが、あと一歩のところで見つけられることなく立ち去られてしまう。

 幼い頃、隠れんぼをした時、上手に隠れすぎて誰にも見つけられる
ことなく一人ぼっちになってしまった時の寂しさや、
悲しさを思い出したこともあり、涙があふれて泣きじゃくる。

 そこへ雪乃が姿を現し、必死で泣くのを止めながら、雪乃に対して
もし歌えなくなったら、自分の存在価値が無くなったらどうするかを訪ねる樹里。

 そんな樹里の問いに対して、雪乃は特に深刻に悩むことも無く、
「他に自分にできそうなこと 頑張って探すわ」
「(世界中の多くのファンが離れても)充分じゃないの 
一人だけでも喜んでくれる人がいるなら」と答える。

 こうした雪乃の言葉がきっかけとなり、樹里は悩みを、迷いを振り切ることができた。
 雪乃とのコラボCMの仕事も受けることを決意する。

(以上、あらすじでした)

 私がこの一連の話が好きなのは、生きる上での重要なアドバイスを
受け取ったと思えたからである。
 大げさかもしれないが、とても大きな感動を味わったのだ。

ここで抽象的な一般論を述べるが、人間というのは常に何かしらの
悩みや不安を抱えながら生きている。
 そうしたものの一つには、樹里が直面した自分の「存在価値」にまつわるものがある。

 自分が生きてゆく上の、精神的な土台となる存在価値を見出すことに、
人はやっきになり、見出したら見出したで、今度はそれを失うまいと必死になる。
 だから、自分の「存在価値」が失われてしまうことを恐れる。
 人気商売の芸能人ともなれば、なおさらこの傾向が強まるだろう。
 樹里が直面した問題は、まさにこれである。

 だが、ちゃんと答えはあった。
 それが雪乃の「他に自分にできそうなこと 頑張って探すわ」という言葉だった。
 既に身に付いた「存在価値」にとらわれず、もし無くなれば新たに探せばいい。
 樹里だけでなく、そんな簡単なことに気付かなかった私も、
大いにはっとさせられた。
 
 それまでの『あいたま』は、学園生活におけるにぎやかな出来事が
ほとんどで、言ってみれば常に明るい日差しの下にいるかのような
世界が展開されていた、と私は思っている。
 もちろんこうした明るさ、にぎやかさはとても大好きで、
しばらくの間は何度も何度も1巻を読み返したほどだ。
 (ちなみに私は単行本読者です……)

 しかし、日差しが強ければ強いほど、その分濃い色の闇を伴う影が生じる。
 その影に樹里はとらわれてしまったのだが、雪乃のある種の
楽観的な考えが樹里を救ったのである。

 明るさのみで突き進むのも、もちろん素晴らしいことだし、大好きなことである。
 だが底知れぬ悩みの登場と、それを見事に乗り越えるドラマが
描かれることで、『あいたま』の世界は深みを増したように思われる。

 それ以後は特にこうした深刻なドラマは描かれてはいないようだが、
それでも充分と思えるほどに、この一連のお話は、私にとっては
印象的なものとなっている。
 そしてこのお話が、師走先生の新たな作品領域を開拓したようにも思える。
 
 話は変わるが、同じく師走先生の『花やか梅ちゃん』では、
ある種の陰りを感じさせるものが作品には横たわっている。
 その点では、こちらの方が先に新境地を開拓していた、と見るべきか。
 というのも、主人公である梅の生い立ちが、陰りを感じさせるものだからだ。

梅は、仲は良いが実は血がつながっていない家族と一緒に暮らしている。
両親には先立たれ、他に兄弟もないので、天涯孤独なのだ。
そんな梅の境遇が、この作品に「ある種の陰り」を与えているように思う。

もちろん基本的には笑える要素をふんだんに盛り込んだ作品である。
その点では、それまでの師走先生の作品と共通する。
ただ、「肉親との別離、天涯孤独」という、人間の情に訴えかける
要素が盛り込まれ、作品に深みを与えている点では、「新境地」を
開拓した、と見るがいかがだろうか。

話を『あいたま』に戻す。
先に述べたことの繰り返しになるが、明るくにぎやかな学園生活を
基調とするこの作品に、一回限りではあるが、挫折と成長という要素
を加えたことは、この作品に深みを与えたように思えてならない。

そしてこのお話のおかげで、私は『あいたま』という作品を
とても愛おしいと思えるようになったのである。

 師走先生の作品で言えば、『スーパーメイドちるみさん』も大好きな作品である。
 だが、今は『あいたま』も同じくらいお気に入りである。

 きちんと読者を笑わせることを基本としながらも、
「感動」という武器を手に入れた『あいたま』は、
少なくとも私には並々ならぬ印象を与える作品となった、と思っている。
 読んでよかった、と思える作品に出会えたことに感謝したい。
                                   -了-

                           
 書き始める前に考えていたのと比べて、思いのほか長くなってしまいましたが、
最後まで読んでくださった方(いるのだろうか?)には感謝の意を表したいです。
 ありがとうございました。
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コメント
ブラボーです、ブラボーですよ!
今回の話で雪乃さんのファンになった人多かったんだろうなぁ。
師走作品全体に言える事だと思うんですが、あんだけ濃いキャラだらけなのに、それが嫌味になってないのが(あいたまもそうですが、女クラも濃ゆいのだらけですよ)自分中で魅力的に感じる所の一つですね。
【2007/12/08 10:10】 | 砂漠ヒロ #79D/WHSg | [edit]
砂漠ヒロさん、どうもです。
コメントありがとうございます。
あと、私の駄文を読んでくださったことにも、ありがとうございます。
>ブラボーです、ブラボーですよ!
そうですねー。雪乃さんも、
お話を考えられた師走先生もブラボーですよ。
私は1巻の亀にまつわるお話の回から
雪乃さんのファンになりましたが、
多くの人は今回の話でファンになったかもしれませんね。
砂漠ヒロさんが述べられているように、
師走作品のキャラは、濃いですが
嫌味になってませんね。
マイナス要因があっても、それを補うものがあると思います。
どこか放っておけなかったり、愛嬌があったり。
『女クラ』はまだ読んだことがないんです。
いずれ読みたいところですね。
【2007/12/08 11:05】 | らぷとん #79D/WHSg | [edit]












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